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最高裁判所第三小法廷 昭和36年(オ)1379号 判決

上告人医療法人

青山信愛会

上告人

社会福祉法人新潟県更生慈仁会

右両名訴訟代理人弁護士

成富信夫

成富安信

風間武雄

山分栄

岩野正

伴昭彦

安藤剛

伴純

被上告人

中央労働委員会

右訴訟代理人弁護人

小林直人

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人成富信夫、同成富安信、同風間武雄、同山分栄、同岩野正、同伴昭彦の上告理由第一点について。

(一)  論旨は、精神病院の特殊性にかんがみ、その従業員の争議行為は禁止されていると解すべきものとする。

しかしながら、わが国においては、労働者の争議権は憲法二八条によつて保障されているのであるから、これを奪うためには特別の立法を必要とすべく、たとえ精神病院の使命、業務が一般企業のそれと著しく異なるところがあり、或は、上告人病院が精神衛生法に基づき、新潟県によつてその設置すべき精神病院の代用機関として指定された病院であるとしても、所論のごとく電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律三条、船員法三〇条、地方公務員法三七条の類推解釈等によつて、その従業員の争議行為を全面的に禁止することは許されないものといわなければならない。

(二)  また論旨は、精神病院の薬剤師、看護人、看護婦が争議行為として投配薬、診療の補助、看護等の業務を放棄することは、労働関係調整法三六条に違反するものとする。

しかしながら、労働関係調整法三六条は、人命保護のために設けられた規定ではあるが、それが明らかに安全保持の「施設の……維持又は運行」といつていることからみても、また、それが右「施設の維持又は運行」の停廃、妨害以外の争議行為はたとえ人命に危害を及ぼすものであつてもすべて許される趣旨を規定したものではないことに思いをいたせば、ここにいう安全保持の施設とは、たとえば、炭鉱におけるガス爆発防止施設、落盤防止施設のごとき、直接人命に対する危害予防のため若しくは衛生上欠くことのできない物的施設に限られ、病院の従業員はこれに含まれないものと解するのが相当である。それ故、所論のごとく労働関係調整法三六条の規定を拡張解釈して、精神病院の従業員が争議行為としてその平常の業務を放棄することが同法条に違反するとなすこともまた許されないものといわなければならない。

(三)  さらに、論旨は、要するに、原判決が本件争議行為は精神病院従業員の争議行為として正当性の範囲を逸脱したものではないとして、被上告人の所論命令を是認したことは、憲法一二条、二八条の解釈を誤まり、労働組合法七条一号の適用を誤つたものであるとする。

しかしながら、病院、診療所などの医療施設に勤務する医師、薬剤師、看護婦等といえども、現行法上、団結し、団体交渉を行い、それが行き詰つた場合、所定の手続をふんだうえで、平常の業務を放棄する争議行為をなし得るのは、疑いを容れないところであり、また、これら従業員の平常の業務が患者の治療、投配薬、治療等の補助であることも、明らかである。そして、以上のことは、精神病院においても、異なるところはない。従つて、精神病院の従業員が争議行為をしたことにより、患者の治療に支障を来たす事態が発生したとしても、ただそれだけの理由で、争議行為が直ちに正当性の範囲を逸脱するとは認め得ないものといわなければならない。

さればといつて、生命・身体の安全を脅かし、患者の病状に相当の悪影響を及ぼすような行為は、特別の立法の有無に拘らず、争議行為としてもなし得ないこと、条理上、当然である。それのみならず、治療の停廃も或る程度の期間継続すれば、患者の病状は悪化することがあり、また、病状の変化は必らずしも予測を許さないものであるから、病院の従業員が争議行為を行うにあたつては、予め患者の生命・身体の保全に遺憾なきを期するとともに、患者の身体・精神の回復を図るべき病院の使命に対する管理者側の真摯な努力にも拘らず、緊急事態発生の客観的危険性が現われた場合には、その善後措置に協力すべき義務があり、これを故なく拒否すれば、争議行為は、その点においてもまた、不当になるもの、と解するのが相当である。

いま、本件についてこれをみるのに、原判決(その引用する第一審判決)の確定した事実によれば、上告人青山信愛会(上告人病院)は、「新潟神精病院」と称する精神病院を経営する医療法人であり、上告人新潟県更生慈仁会は、上告人病院の委託により入院患者に作業療法を実施する社会福祉法人であるが、その各従業員組合は、労働関係調整法所定の手続を経て争議権を確立したうえで、昭和三一年三月一九日から同月二一日まで事務職場を中心とする第一波のストライキを、また、同月二三日から事務職場のほか薬局、医療関係の職場等全般にわたり第二波のストライキを行い、該争議は、地元労働委員会のあつせんにより同年四月二日解決をみるにいたつたものであるところ、当時、上告人病院には約四五〇名の精神病患者が収容されており、これに対する病院側の総要員は一二八名、内非組合員は、理事四名、医師八名(内一名は嘱託医)、事務係七名、試用期間中の者二名、臨時雇三名、合計二四名であつたけれども、試用および臨時雇の五名は組合の説得に応じて就労しなかつたので、実際に業務に従事し得る非組合員は一九名にすぎなかつたのであつて、精神病院患者の多くは、他の普通の患者と異なり、病識がないため医師に抵抗して治療を拒んだり、幻覚にかられて突発的行動に出ることもあるので、治療にあたつたは強制力を用いたり、警備体勢をととのえなければならず、そのため、電撃療法を実施する場合には一時に数人の介補者を必要とするにも拘らず、右のような人的構成の下で看護人および看護婦が介補の業務を放棄した結果、(イ)電撃療法の対象患者は八〇名、インシユリン療法の対象患者は約八〇名いたのに、第二波中は医師だけで治療を行つたので、電撃療法は内一三名の対象患者に、インシユリン療法は内二名位の対象患者に、しかもサブシヨツクの方法により、実施されたに過ぎず、(ロ)また、平常は治療室において一日平均約三五名の患者に対して治療が行われていたのに、第二波突入後は治療患者の数が一日平均二五名に減少したとはいえ、その他の業務、なかんづく、投配薬、給食、清掃、巡視、緊急の場合における医師への連絡、狂そう或いは無意識状態にあたる患者の保護等については、必らずしも完全であつたとはいえないにせよ、概ね平常どおり行われていたというのである。

されば、右第一波のストライキが正当であることは明らかであり、また第二波のストライキも、それにより患者の治療に或る程度の支障を来たしたとはいえ、未だもつてその病状に相当の悪影響を及ぼしたものとは認められない。したがつて、本件争議行為が全体として正当性の範囲を逸脱したものでないとした原判決の結論は、是認することができ、本件争議の目的が所論のごとく賃上げに過ぎなかつたとしても、かかる事情は、右の判断を左右するに足る資料となし得ない。論旨は違憲をも云為するけれども、その実質は、結局、本件争議行為の違法を主張するに帰着するものであつて、適法な上告の理由とは認められない。

論旨は、すべて、採用し得ない。

同第二点および上告代理人安藤剛、同伴純の上告理由第一点について。

論旨は、原判決が本件争議行為の正当性を認めた判示に理由不備、理由齟齬の違法があるものとする。

原判決の所論判示には周到な用意を尽さなかつたきらいはあるとしても、その趣旨とするところは、前示上告理由第一点に記載した事実関係の下においては、第一審判決のごとく病院管理者において代替要員の獲得等患者の治療に万全を期するための努力を尽したかどうかを論ずるまでもなく、本件争議行為は、精神病院従業員の争議行為として正当性の範囲を逸脱したものではないというにあることが窺い得られるので、原判決に所論の違法があるとはいえない。

論旨は、採用し得ない。

上告代理人安藤剛、同伴純の上告理由第二点について。

論旨は、本件争議行為は労働関係調整法三六条違反の行為であるとの上告人らの主張に対して、原審が単に上告人病院に勤務する薬剤師、看護人および看護婦は右法条にいわゆる安全保持の施設に該当しないと判示しただけで上告人らの右主張を排斥したことは、釈明義務に違反するものとする。

しかしながら、記録によれば、上告人らは、労働関係調整法三六条違反の主張として、第一審以来、薬剤師、看護人および看護婦が同法条にいわゆる安全保持の施設に該当するから、本件争議行為は違法であると陳述しているに過ぎないのであるから、さらに上告人病院にそれ以外の施設で右にあたるものがあるかどうかは、上告人らにおいて主張、立証すべき事柄であつて、原審がこの点について上告人らに対し何等の釈明をも求めなかつたとしても、これに所論の違法があるとはいえない。

論旨は、採用し得ない。

同第三点について。

論旨は、原判決が上告人病院の入院患者塩野優の死亡は本件争議行為に基因するものではないと認定したことに実験則違反があるとする。

しかしながら、原判決(その引用する第一審判決)の右認定は、その挙示の証拠に照らして是認することができ、右認定及びそれに至る過程に所論の違法あるを見い出し得ない。

論旨は、畢竟、独自の見解に立脚して原判決を攻撃するか、或は原審の専権に属する証拠の取捨、選択、事実の認定を非難するに帰着するものであつて、採用し得ない。

よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官石坂修一 裁判官五鬼上堅磐 横田正俊 柏原語六 田中二郎)

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